岡崎和郎の「心」に触れて
空閑俊憲
岡崎和郎は1930年に岡山に生まれた。今年81歳になる彫刻家である。かれは半世紀以上かけてオブジェだけをひたすら作りつづけてきた。しかし、彫刻家と言っても、かれは彫ったり削ったりしない。魔法を使っているわけでもない。ではオブジェ作家と言うべきだろうが、今日ではそのカテゴリーが広がり、曖昧で陳腐な流行語になりきっている。オブジェが芸術として、もしくは反芸術として美術史上に初めてその位置を顕したのは前世紀にヨーロッパで起きたダダやシュールレアリスム運動のなかであった。それ以前はむろん言語としてのオブジェはあり、<オブジェ objet とは、いうまでもなくシュジェ sujet に対するものであって、用いられる場合にしたがって、客体であり、物体であり、また日常の観念における単なる物にほかならないのである。……こころみにラルス辞典を参照して見ると、「オブジェ」とは「前方に投げ出されたもの」というラテン語から出た言葉であり、「われわれの目に映るすべてのもの、それぞれの感覚に作用するもの」と定義されている。>(瀧口修造著「近代芸術」美術出版社発行、138頁–140頁、物体の位置より)。つまり、物体、客体、投げ出された物という意味合いで使われていた。それまでは物たちはある特殊な芸術思想によって取り上げられてはいなかったのである。精神分析医、フロイドによる夢分析など新たな再認識を迎え、オブジェが既成芸術に対してはじめて主張し始めたのである。
この「心 – 天を指差す」と題された作品は、その語の起源、象形文字から生まれている。東洋学者、白川静の古代漢字研究はよく知られているが、岡崎和郎が取り上げた「心」は博士の字典にある中国の殷時代から周時代にかけての金文(きんぶん)のなかに見いだされる。金とは青銅を意味し、青銅器に刻まれたり、鋳込まれた文字で、その象形文字の字体が有機的な理由は心臓のかたちに由来している。
物と言葉といえば、1975年の私の個展のために序を飾ってくださった詩人、瀧口修造の詩をここに紹介しておきたい。
ことば
空閑俊憲に
あいだの人間。
物がことばになるとき、
ことばが物になるとき...
自分の鋏のしたの人生。
瀧口修造
物がことばになったのが象形文字、ことばが物になったのが岡崎和郎の「心」である。今年の四月末に御殿場の富士山樹空の森に設置された岡崎による鉄のモニュメント「富士見考」(富士見定規)は溶岩を庭石にあつらえた芝庭園に立っているが、そのなかに球体の御影石がひとつころがっている。かれによると、実はその石には心という象形文字が刻まれているというのだが、つるっとした灰色の球体にはどこから眺めてもその形跡はない。異次元へ消えてしまったか。いや、そうではないらしい。その部分は地中に埋まっているそうだ。富士山麓には新興宗教のグループが盛んなために、地元の役人が心の象形文字が彫られている石を見て住民への奇妙な影響を恐れ、作者の当初の計画に反対した。それを聞いて岡崎和郎は苦笑した。かれはその石を逆さまにし、「心」の部分を地中に沈めたのである。「心 – 天を指差す」も逆さになった象形文字である。逆さになったことで、それはちょうど天を指差す指のように見えるオブジェに生まれかわった。下に置かれた鏡を覗くともとに還った文字が映っているが、それは地を指差す指のようにも見える。
作者のオブジェ思想のひとつに<Giveaways>と呼ばれている人へ贈物をするという考え方がある。オブジェに触れ、それを手渡す、日本伝統の茶道にもその精神は通じているが、岡崎ギヴアウェイズはもっと気軽に一期一会ではなく一期一笑として、この「心」の作品では一語一笑の所作を受取人と交わしているのである。 |